開催予定

竹であそぶ

せんだい3.11メモリアル交流館を囲む風土展#03

「竹であそぶ」

 

【少年たちの、「竹」を見つめる目に学ぶ】

東日本大震災から7年が経ち、せんだい3.11メモリアル交流館が位置する仙台市東部沿岸地域の光景にもさまざまな変化が表れてきました。

その一つが、「竹藪の出現」です。仙台市東部沿岸地域には、「居久根」と呼ばれる、屋敷の周囲を取り囲むように植えられた屋敷林を持つ家をよく見かけることがありました。伊達政宗が推奨してきたと言われている居久根。防風・防砂・防雪といった屋敷を守る役割を果たすスギやマツ、食糧難に備えた実のなるカキやクリ等、さまざまな樹木が植えられ、その一本一本に暮らしを支えるための役割が与えられていました。平らな田んぼが広がる先に、ポッと浮かぶ緑の島ように見える居久根は、この地域の見慣れた光景の一つでした。

ところが、この居久根も大震災で大きな被害を受けることになります。津波によってなぎ倒されたり、塩害の影響でほとんどの樹木は枯れてしまいました。

そんな中で残ったのが、竹だったのです。「竹藪だけは、塩害に負けずに残った」という話、「一度枯れてしまったけれど、半年後にまた生えてきた」という話を、住民の方々からよく聞きます。竹は、大震災を経験した大地で、力強く、また淡々と根を張って生きていたのです。居久根の樹木がほとんど失われてしまった今、そうした中で残った竹藪は、青々とした葉を揺らしながら、新しい光景をつくっています。

しかしながら、「竹の使い道がない」というお話も、よく聞きます。管理が行き届かず、荒れたままとなっている竹藪も見られます。かつて農作業で重宝した竹は、今ではほとんどがプラスチック製品で代用され、使われなくなっているのです。

子どもたちも、昔はよく竹を使って遊んでいました。さまざまな遊び方をしていた中で、一番楽し気に語られるのは「つかまえた野鳥を、自分でつくった鳥かごに入れて遊んでいた」という話です。主に男の子たちが夢中になっていた遊びだったようで、野鳥をまだ自由につかまえることができた時代に少年だった方々にお話を聞くと、ほとんどの方が「近所の竹藪に出掛けて、先輩たちに教えてもらいながら鳥かごをつくった」と話します。

今回の企画展では、かつての少年たちに当時つくった鳥かごについて教えてもらいながら、その再現に取り組みました。竹を取った場所、鳥をつかまえた場所、つかまえた鳥を持ち寄って遊んだ場所……いきいきと語られる思い出に耳を傾けると、当時の少年たちが見つめていた地域の様子が浮かび上がってきます。

本展は、かつて竹で存分に遊んでいた世代に当時の使い方を学びながら、これからの暮らしへの活かし方を考える場です。竹を含めた、仙台東部沿岸地域にあるさまざまな自然資源について、かつての少年たちのように「見つめる目」を、そして、後世へと「伝える手業」を獲得することで、この地域の楽しみ方が広がるのではないでしょうか。

企画展「竹であそぶ」 広報チラシ

 

◎鳥かご制作:三浦忠士

◎空間構成:土地で作られる建築〈建築家|小山田陽、岩澤拓海〉

◎会場音楽:佐藤那美

◎イラストレーション: oyasmur

開催中

写真展「MIYAGI 1951~米軍医のまなざし、戦後6年の沿岸部~」

1951年、日本は第二次世界大戦の終戦から6年を経ていました。ジョージ・バトラーさん(当時40歳)は、朝鮮戦争へ軍医として派遣され「キャンプ・マツシマ」(現・航空自衛隊松島基地)に9か月滞在している間に、約2,000枚もの写真を撮影しました。そこには、宮城県沿岸部の素朴な風景や人々の暮らしを、貴重なカラーフィルムで捉えたものが多く含まれています。

2013年、父親が残した写真を整理していたアラン・バトラーさん(当時64歳)は、その撮影地が東日本大震災によって被災した沿岸地域であることに気づきます。彼は写真の再現性を高めようと、一枚一枚の修復作業に取り掛かります。「この作業をしている間、私は太平洋の対岸ではなく、1951年のMIYAGIにいる」と、カリフォルニアに住む彼は語ります。そして、写真に写っている場所や人物を明らかにするために、動きはじめます。

今回展示する約130点の写真は、そのようなプロセスを経て届けられた、1951年の宮城県沿岸部の一枚一枚です。終戦から6年の時をとらえた写真が持つ鮮やかさと力強さは、震災から7年を経た、現在の一人ひとりの多様な心に、懐かしさだけではない、なんらかの共感を呼び起こすことでしょう。

 

※この写真展では、写真の場所や人物に関する情報を求めています。

※アラン・バトラーさんは、展示している以外の写真もご自身のウェブサイトで公開しています。

※写真に関する著作権は、ハーバード大学ピーボディ考古学民族学博物館に帰属しています。

 

■制作協力/アラン・バトラー、空間デザイン/関本欣哉(ターンアラウンド)、広報デザイン/渡邊博一、翻訳監修/株式会社コミューナ