写真展「MIYAGI 1951~米軍医のまなざし、戦後6年の沿岸部~」

1951年、日本は第二次世界大戦の終戦から6年を経ていました。ジョージ・バトラーさん(当時40歳)は、朝鮮戦争へ軍医として派遣され「キャンプ・マツシマ」(現・航空自衛隊松島基地)に9か月滞在している間に、約2,000枚もの写真を撮影しました。そこには、宮城県沿岸部の素朴な風景や人々の暮らしを、貴重なカラーフィルムで捉えたものが多く含まれています。

2013年、父親が残した写真を整理していたアラン・バトラーさん(当時64歳)は、その撮影地が東日本大震災によって被災した沿岸地域であることに気づきます。彼は写真の再現性を高めようと、一枚一枚の修復作業に取り掛かります。「この作業をしている間、私は太平洋の対岸ではなく、1951年のMIYAGIにいる」と、カリフォルニアに住む彼は語ります。そして、写真に写っている場所や人物を明らかにするために、動きはじめます。

今回展示する約130点の写真は、そのようなプロセスを経て届けられた、1951年の宮城県沿岸部の一枚一枚です。終戦から6年の時をとらえた写真が持つ鮮やかさと力強さは、震災から7年を経た、現在の一人ひとりの多様な心に、懐かしさだけではない、なんらかの共感を呼び起こすことでしょう。

 

※この写真展では、写真の場所や人物に関する情報を求めています。

※アラン・バトラーさんは、展示している以外の写真もご自身のウェブサイトで公開しています。

※写真に関する著作権は、ハーバード大学ピーボディ考古学民族学博物館に帰属しています。

 

■制作協力/アラン・バトラー、空間デザイン/関本欣哉(ターンアラウンド)、広報デザイン/渡邊博一、翻訳監修/株式会社コミューナ